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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)3063号 判決

原告 東京相互銀行

理由

一、被告柴田に対する請求

原告主張事実は被告柴田において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。この事実によれば、被告柴田は原告に対し損害賠償として少なくとも二四三六万一二七六円およびこれに対する損害発生時以後である昭和三五年九月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

二、被告山県、土屋、内藤、勝木、斎藤に対する請求

(一)  不法行為

確定日附は民事訴訟法三二三条により真正な公文書と推定すべく(被告山県については争いがない)その余の部分は《証拠》をあわせれば、次の事実を認めることができる。

原告は相互銀行法所定の相互銀行業を営む者(このことは、被告山県、内藤については争いがなく、被告土屋、勝木、斎藤については明らかに争わないので自白したものとみなされる。)、被告柴田はその世田谷支店長、被告山県はその預金係長(被告山県の地位は被告山県については争いがなく、被告斎藤については明らかに争わないから自白したものとみなされる。)であつていずれも原告のため右支店における預金の受入払戻の権限を有するものである。

武田博が昭和三四年秋ころ被告土屋の紹介で右支店に対し正規の利息以外に規定外のいわゆる裏利息の支払を受け得れば三〇〇〇万円を預入する旨の意向を示すや、被告柴田、山県、土屋は、武田が右金員を預入する際に同人から右支店に届け出る印鑑用紙を有合印を押した印鑑用紙とすりかえ、後日これを使用して同人の右預金を同人に無断で払い戻し、自己の用途に供し、右預金の満期までに右無断払戻金額を武田の預金口座に返済することを共謀した。

武田が同年一一月一二日右支店に高橋光枝、萩原なつ名義で各一〇〇〇万円を一年間払い戻さないとの約束のもとに通知預金として預入するや、被告柴田、山県は武田に無断で、武田の提出にかかる高橋、萩原の各印鑑紙を被告土屋に交付し保管を依頼し、代つて被告山県の持参した印鑑紙用紙に被告土屋が右高橋、萩原と同一の住所氏名を記入し、被告柴田保管中の鍋島千代子所有の判読し難い印鑑を押し、もつてこの印鑑紙を武田の届出印鑑紙として右支店に備え付けた。

武田が同年一一月一九日右支店に川辺すゑ名義で一〇〇〇万円を一年間払い戻さないとの約束のもとに通知預金として預入するや、被告柴田、山県、土屋は前回と同様の方法で、武田の提出にかかる川辺すゑの印鑑紙を飯島千代子所有の印章を押した印鑑紙とすりかえ、もつてこれを武田の届出印鑑紙として右支店に備え付けた。

被告柴田、山県、土屋は共同して、武田に無断で右高橋光枝名義口座から同年一一月一三日七〇〇万円、同月一六日二七〇万円、昭和三五年一月二八日残元利金全部、右萩原なつ名義口座から昭和三四年一一月二〇日六五〇万円、同月二四日二五〇万円、同年一二月二九日六〇万円、同月三一日残元利金全部、右川辺すゑ名義口座から同月四日三七〇万円、同月七日二六〇万円、昭和三五年一月二八日残元利金全部を各払い戻し、当時これらを被告柴田、土屋の用途および武田への裏利息に供すべく着服した。

右の事実を認めるに足り、右認定を左右すべき確証はない(被告土屋については武田の預入を明らかに争わないから自白したものとみなされる。)。

右事実によれば、被告柴田、山県は原告の業務としてその権限に属する預金の受入れをしたから、武田はこれにより三〇〇〇万円の預金債権を取得したというべく、被告柴田、山県、土屋の前記払戻しは武田に対しては無権代理行為であつてその効力を生ぜず、むしろ右払戻金員はなお原告の所有に属し、右被告らは原告のためこれを保管すべきであるにもかかわらず、敢て前記のようにこれを着服したので、右被告らはこれにより原告に右着服金額三〇〇〇万円以上に相当する損害を与えたというべきである。

よつて被告山県、土屋は原告に対しその請求の範囲内で二四三六万一二七六円およびこれに対する損害発生後である昭和三五年九月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

(二)  被告内藤の身元保証

《証拠》によれば、被告内藤は被告柴田の姉であるが、昭和三二年七月五日原告に対し、被告柴田が故意又は過失により原告に損害を加えたときは被告柴田と連帯して損害を賠償する旨約したことが明らかである。

被告柴田が昭和二五年一〇月二三日原告に雇われたことは争いがなく、《証拠》によれば、被告柴田は昭和二九年九月一五日原告の大森支店長代理となり、昭和三四年六月五六才にして世田谷支店開設に伴いその支店長に任ぜられたことが認められる。

右事実によれば、被告柴田は原告に採用されて以来約九年後にその新設の世田谷支店長に登用されたにもかかわらず前示のような違法行為を敢行したのである。

相互銀行の支店長はその幹部であつて相互銀行と深い信頼関係をもつて結ばれるべきものであるから、相互銀行が支店長を選任監督するに当つては、その姉の身元保証があることを重視すべきでなく、相互銀行の企業目的にかんがみ、その能力、誠実性の程度を十分審査すべきである。この点につき、原告において被告柴田を選任監督するのに十分な注意を払つたと認めるに足りる証拠はない。しかも被告内藤は姉弟のよしみから右身元保証をしたとみられ、被告柴田は右身元保証後支店長代理から支店長に昇進しその職責重きを加え、身元保証人の責任も加重されたのであるが、原告が被告内藤にこの事実を通知したと認められる証拠はない。さらに被告柴田は本件不法行為時年齢五六才をこえ、相互銀行の支店長の地位にあるから、その姉である被告内藤においてこれを日常監督することは到底期待できない。

これらの事情を考慮すれば、被告内藤には、被告柴田が原告に加えた損害中二〇万円およびこれに対する訴状送達後である昭和三五年九月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払わせれば足りる。

(三)  被告勝木および斎藤の身元保証

《証拠》によれば、被告勝木は被告山県の義兄、被告斎藤は被告山県の親戚であるが、いずれも昭和三二年一月一二日原告に対し、被告山県が故意又は過失により原告に損害を加えたときは被告山県と連帯して損害を賠償する旨約したことが明らかである(被告斎藤について身元保証契約をしたことはその契約成立日を除いて明らかに争わないところであるから自白したものとみなされる。)。

民事訴訟法三二三条により真正に成立した公文書と推定すべき《証拠》によれば、被告山県は昭和二四年八月原告に雇われ、昭和二九年過頃原告の大森支店預金係となり、昭和三四年六月三八才にして新設の世田谷支店預金係長に昇進したことが認められる(被告斎藤については被告山県の右経歴を明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。)。

右事実によれば被告山県は原告に採用されて以来約一〇年後にその新設の世田谷支店預金係長に登用されたにもかかわらず前示のような違法行為を敢行したのである。

相互銀行の預金係長はその部下を指揮監督して、相互銀行業務の重要な一部門である預金業務を遂行し、これにつき支店長等上司の指揮監督を受けるとはいえ、なお相互銀行の従業員中では相互銀行と深い信頼関係をもつて結ばれるべきものであるから、相互銀行が預金係長を選任監督するに当つてはその親族の身元保証があることを重視すべきでなく、相互銀行の企業目的にかんがみ、その能力、誠実性の程度を十分審査すべきである。この点につき、原告において被告山県を選任監督するのに十分な注意を払つたと認めるに足りる証拠はない。しかも被告勝木、斎藤は親族のよしみから右身元保証をしたとみられ、被告山県は右身元保証後預金係員から預金係長に昇進しその職責重きを加え、身元保証人の責任も加重されたのであるが、原告が被告勝木、斎藤らにこの事実を通知したと認められる証拠はない。さらに被告山県は本件不法行為当時年齢三九才をこえ、相互銀行の預金係長の地位にあるから、その親族である被告勝木、斎藤においてこれを日常監督することは到底期待できない。

これらの事情を考慮すれば、被告勝木および斎藤には、被告山県が原告に加えた損害中各自二〇万円およびこれに対する訴状送達後である昭和三五年九月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払わせれば足りる。

三、被告鈴木に対する請求

原告主張事実は被告鈴木において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。この事実によれば、被告柴田は原告に対し損害賠償として少くとも前記一記載の金員を支払うべきであり、被告鈴木は被告柴田の身元保証人である。しかし身元保証人の責任を定めるに当つては前示の各事情、すなわち被告柴田が原告に雇入れられてから約九年後にその世田谷支店長に登用されたこと、原告が深い信頼関係のあるべき支店長の地位に柴田を選任しかつ監督するのに十分な注意を払つたとは認められないこと、身元保証後、被告柴田の職責重きを加え身元保証人の責任が加重されたのに、原告が被告鈴木にこれを通知したとは認められないこと、被告鈴木が被告柴田を監督することは到底期待できないことを考慮すべきである。

このような事情のもとでは、被告鈴木についても、被告柴田が原告に加えた損害中二〇万円およびこれに対する訴状送達後である昭和三五年九月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払わせれば足りる。

四、むすび

以上の理由により原告の各請求は前示の限度で理由があり認容すべく、その余は失当として棄却

(裁判官 沖野威)

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